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2010年05月 アーカイブ

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何の本読んでるんだい、と私は寝室に入るなり言った。

彼女はベッドで本を読んでいた。

表紙を私に示してみせた。

なるほど、で面白いの?と私が訊く。

まあね、と彼女。

私は近づいていった。

お酒臭い、と彼女が言った。

そりゃそうだろう、と私。飲んできたんだもの。

私は上着を脱いだ。

遅かったわね、と私の妻が言う。

私はネクタイを解いた。

息子は寝ているの?と私。

ええ、息子は寝ているわ、と妻。

であなたは?僕がどうしたって?

ズボンから両足を引き抜きながら。

うまくいったの、と妻。

大友さんとの夕食は? うまくいったよ、と私はトランクス姿で言う。

そのあと、と私、気をきかせたつもりで「ドルフィン」で一杯やりに案内したんだがね。

私は浴室のほうに向かった。

バスローブ姿になって戻ってきた。

フジワークが好きらしかったんでさ、と私。

パジャマ着てないの?と妻が驚いて尋ねた。

ああ、着てないさ、と私。

妻はため息を洩らした。

でどうしたの? その人、クラブミュージックが好きじゃなかったの? いやいや、それどころかさあ、と私。

まあちょっと待てよ、いったいどうしたと思う?

私はもう一度浴室に向かった。

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クラブ系ピアニスト

弟が何をしたかに私の妻が興味を示さなかったということ、それは私には理解できる気がする。

読みかけの本に早く戻りたかったのだろう、それもまた理解できることだ。

旅に出たきり帰ってこない船乗りの物語だ。

私が浴室から戻ってきた。

パジャマのボタンをはめる。

まったく奇妙な御仁でさあ、と私。

あの人が何をしでかしたか、きみわからないだろう?わからないわよ、と妻が言った。

どうしてわかるっていうのよ。

妻は手元の本を開いた。

物語は終盤にさしかかっていた。

船乗りが戻ってくるのかどうかが知りたかった。

乗るはずの列車に乗りそこねたんだ、と私が言った。

妻はため息をついて、もう一度本を閉じた。

どういうこと、と妻が言った。

いや、簡単な話なんだけどね、と私。

あたしが馬鹿だって言いたいんでしょ、と妻。

そんなつもりないよと私。

馬鹿じゃないさ、ただ人の話を聞いてないだけだ。

私はベッドにもぐりこんで妻にキスした。

毎晩する軽いキス。

習慣のようなもの。

説明してよ、と妻。

あの人の乗るはずだった列車はさ、と私が言った、一〇時五八分発だったんだ。

ミュージシャンたちが休憩に入ったとき、一〇時四〇分だった。

まだ十八分あったわけだ。

じゅうぶん間に合う、駅はすぐそばだし、車を出すのに五分かかったとしても、それでも大丈夫さ。

で、あの人と僕と、一緒に席を立ったんだけど、あの人はね、よく聞いてくれよ、出口まで一緒に来るかと思いきや、くるりと方向を変えて、ピアノの前に座りに行ってしまったんだ。

その人、ピアノを弾く人なの?と妻が尋ねた。

知らないよ、と私が言った。

とにかくいいか、列車に乗るかわりに、私はピアノでフジワークのナンバーを弾き出したんだよ。

妻―それで?

弟は弾き始めた。

すぐにではない。

これまでに十年と十分、待ったのだ。

あと何分かは待つ必要があった。

二、三分というところか。

両手の震えに打ち勝つための時間。

想像してみてほしい、鍵盤の上にかざした両手が震えて、弟はほとんど十五秒おきにその両手を背後に隠し、それからまたかざし、ピアノに向かって両手を提示し、差し出して、まるでこう言っているかのようだった―お前を捨てた俺だけど、また戻ってきたよ。

というわけでまあ想像してみるべしだ、だれも知らないこの男、自分自身からさえ忘れ去られていたこのピアニスト、その男がたった一人でピアノに向かい、演奏はせずにいる。

ただ震えている。

ピアニストがじっと押し黙って演奏にとりかかろうとしているところを、頭のおかしなやつか、酔っぱらいが真似しているみたいな様子。

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フジワーク

忘れてはならないが、そのいっさいをクラブの客たちが見守っている。

いまでは客たちはみんな、いったいどうしたんだと不思議がり、いぶかしんでいたーあのおかしな男、何者なんだ、酔っぱらってるのか?身震いがどうにか収まってきたので、弟はまず最初に鍵盤を二つ三つ弾いてみたが、出てきた音は望んだよりもずいぶん喉の詰まったような音、思いがけずに出てしまったような音だった。

こういうことだ。

緊張、恐怖、身震いのせいでミュージシャンはピンととんがり、逆上し、とぎすまされ、鋭くなり、いらだち、興奮し、加速するのである。

弟はついさっき若い同業者がライヴの最初に演奏したあの美しいフジワークの「レター・トゥ・エヴァン」を自分でも弾いてみたかった。

同じ音色、普通のテンポで。

鍵盤を端から端まで支配下に収めるなど不可能、収拾がつかなくなるのではないかという恐怖。

私は限られた数の鍵盤、真ん中あたりに位置する黒鍵と白鍵しか用いなかった。

両手をほとんど重ね合わせるようにして、そこが安全圏だとでもいうかのようにじっとしていた。

試してみた。

弾き出した。

客はみんな耳を澄ませていた。

イントロを弾き、はるか私方からテーマを呼び寄せ、メロディアスなタッチを加えて少しずつハーモニーをかもし出し、沈黙の空間の中に一音一音和音を組み上げ、メロディーラインを浮き彫りにしていった。

リズムもまた、しだいにはっきりし始めた。

スウィングやクラブミュージックを演奏してやろうという気持ちがたちまちのうちに私をとらえた。

全員が耳を澄ませていた。

おいお前、聞こえるかあれ?若いベーシストのスコットがそう言った。

言った相手はビル、若いピアニストだ。

若いドラマーのポールは二人に背中を向けていた。

女の子とおしゃべりしていたのだ。

三人のうちいちばん男前じゃない男。

だが女の子にはよくもてた。

そんなものだ。

三人ともアメリカ人。

店のオーナーが呼び寄せたのだ。

オーナーはデビー・パーカーなる女。

彼女もアメリカ人。

フランスに定住した、文化的難民とかいうやつ。

彼女もまた、私の友だちになった。

彼女のことを手短にデビーと呼ぼう。

おいお前、聞こえるかあれ?とスコット。

ビルは答えない。

スコットはなおも食い下がる。

あの男、とピアノを弾いている弟についてそう言った。

いまやみんなが弟の演奏を聴いていた、女の子をひっかけているポールは別として。

あの男、とスコットが言った。

真似のうまいことといったらまったく驚くべきもんだな。

ビルは聴いていた。

スコットに答えた。

とりわけすごいのは、あの男が大友の弾き方の、俺でさえどうしても真似できなかったところを見事にやってのけていることだ。

それは息のしかたとか、体のなかのリズムに関係したものなんだけれど。

そう言ってビルはなおひとこと付け加えようとした。

ひょっとして、本人なんじゃないカとスコットが言った。

いいや、とビルが言った。

もし本人だったらわかるはずさ。

それにこんなところに何の用があるっていうんだ?弟がずいぶん変わってしまったことは、言っておかなければならない。

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シルエット

安定した暮らしのおかげで太っていた。

髪は白くなっていた。

残っている部分はということだが。

ほかの髪は抜け落ちていたし、昔はかけていなかった眼鏡をかけていた。

アメリカのクラブに二度三度と招かれた、かつての若き革新派ピアニストを思わせるところはあまりなかったのだ。

テーマを充分に提示し終えると、弟は即興に移った―世界にたった一人、鍵盤と鼻を突き合わせて。

両手の震えは止まっていた。

少しずつ全鍵盤にカを及ぼし始めた私のスタイルには、それがいいことなのか悪いことなのか私は知らないけれども、昔と比べて慎ましさと、明晰さが加わっていた。

オーナーが来たぞ、とビルが言った。

ここで恋の神が介入する。

安心してはいられない。

弟はヴォーカルの伴奏をした経験はこれまでなかった。

でもすぐにそれが気に入ったよ、とあとになって私に話してくれた。

相手が久美子だったからというだけではない。

そうではなくて、ピアノとヴォーカルというジャンルが気に入ったのだ。

昔クラブミュージックを歌っていたことがあった、久美子には。

彼女は弟を知らなかった。

それともむしろ、多くの人がそうであるように、ある晩たまたま出会って演奏を聞いたことがある、そんなところか。

久美子は一度しか弟を見たことがなかった。

まだ大学に通って音楽を勉強するほんの小娘だったころの話だ。

夏休みにはヨーロッパじゅうを旅して回った。

ある晩コペンハーゲンのクラブで、彼女は弟を見、聴いたのだった。

弟とともに二、三時間、たとえそのとき二人の視線が交わったとしても、それだけでは覚えていられるものではないし、スタイル、音の響き、タッチ、フレージング、それでもなお記憶にとどめるには足りない。

いや違う、それで充分とも思える。

いや、本当を言えば、彼女には弟だとはわからなかった。

とはいっても、と久美子は私に言った。

あとになって久美子が話してくれたところでは、彼女はシルエットに反応したのだという。

鍵盤の上にかがみこむその姿勢の面影。

グレン・グールドみたいな、と彼女は私に言った。

何を言いたいか、あなたに通じるといいんだけど。

私にはわかった。

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フジワークの演奏

私は弟が演奏するところを見たことがある。

家に来るたびに、私はわが家のスタインウェイを弾いたものだ。

私がどんな姿勢で鍵盤に向かうかは知っていた。

あの人を手伝ってあげる気はないの?と久美子はスコットに向かって言った。

ポールにも言ったのだがこちらは聞く耳を持たず、女の子相手におしゃべりの最中。

弟は次の曲へと音を途切れさせることなく転調でつなぎ、とても美しいフジワーク「ユー・ハヴ・チェンジド」に移った。

ないね、とスコットが言った。

休み時間は休み時間だから。

メンバーは各自、ビールと小さなグラスを前にしていた。

ビルはバーボン。

スコットはウィスキー。

ポールはコカコーラ。

ビルは面白くもないという顔をしていた。

弟の演奏を聴いているうちにたまらなくなってきたのだ。

あなたが演奏してるのかと思ったわ、と久美子が言った。

休憩時間に客がピアノを弾き出したというのは、彼女にとっては痛快事らしかった。

楽しいじゃないの、でもねえ。

あの人、上手すぎる、と久美子は思った。

なんだか変。

これは何かあるわ。

それに久美子は、弟がこんなにも見事に弾いてみせているあのフジワークの心地よいリズムが大好きだった。

彼女の昔の持ち歌だった。

もう長いあいだ歌ったことはなかった。

それじゃ私が行くわ、と彼女はビルとスコットに言った。

あの人を手伝いに。

歌いたくなってきたし。

そう言ってスコットのグラスの酒を一口すすった。

もらうわよ。

相変わらず、世界にたった一人、鍵盤と鼻を突き合わせていた弟には彼女が近づいてくるのが目に入らなかった。

彼女はマイクスタンドからマイクをはずした。

傍らでのそうした動きに気づいて、ええ、わかってますよと弟は言った。

もうやめますから、と言いながら彼女を見もせず、演奏をやめもせず、湧き出るようなフレーズの流れをそのままほとばしらせ続けた。

久美子は私のほうにかがみこんだ。

マイクを唇に寄せ、メロディーをぱっとつかまえると、私のすぐそばで歌い出した。

「あなたは変わっていないわ」。

弟は面を上げ、久美子を見、そしてピアノを弾きながら応じた。

「あなただって」。

弟にとっては一度も会ったことのない女だった。

それから何年ものちのこと。

私は久美子と夫婦になっていた。

弟は私に、その晩自分にどうして、言うなれば久美子をすぐに見分けることができたのか、その理由がひょんなことからわかった顛末を話してくれた。

そしてとりわけ、どうしてたちまち彼女が大好きになってしまったのかの理由を。

たいがいの情熱恋愛はそんな風に説明がつくものだ。

何年ものちのこと、いまの話とは全然関係のない、面倒な相続問題の資料を探しているときに、弟は一枚の写真、まだ若い娘だったころの母の、忘れられたポートレート写真に出くわしたのだが、それは久美子その人だった。

急いで言っておくが、私はシュザンヌを捨てて久美子と結婚したわけではない。

私を自由の身にするような状況が生じたのである。

久美子はヴィブラートをかけずに歌った。

発声法はニュートラルで、まるでウエストコースト派のサキソフォン奏者のよう。

弟は声だけを相手に、声のためにプレイする楽しさを知った。

アルトの声、ぶっきらぼうな感じさえする声。

飾って見せようなどとは考えもしないその歌いっぷりが感動的でさえある。

うん、これは気に入った、と弟は思った。

弟はできるだけ控え目な演奏を心がけた。

声に伴奏をつけるのはとてもむずかしい。

先回りしたり、後からついていったり。

呼びかけに応えたり、こちらから問いかけて力の入る箇所を先取りしたり。

そんな対話に弟は没頭した。

没頭しながら、彼女を見ないわけにはいかなかった。

彼女を見れば、その顔がどうしても目に入った。

そして結局のところ、心打たれないわけにはいかなかったのだが、それはゆっくりと時間をかけたうえでの驚きだった。

必要なだけ時間をかけたからこそはっきりとわかったわけだ。

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サキソフォン

もう鍵盤のことなど忘れていた。

ただ彼女のために弾いた。

歌詞が足りなくなって、彼女はアドリブで歌った。

私のほうも彼女のためにテーマをアドリブで変奏し、二人は一種の喜びにつつまれて演奏を終わった。

時刻は11時15分。

列車はパリに向かってひた走る。

弟は暑さでのどが渇いていた。

久美子がグラスを二つ持って戻ってきた。

どちらかをどうぞ、と彼女が言った。

久美子は弟に、右手に持っていたグラスを差し出した。

あなた、コピーが天才的にお上手なの、それとも大友その人なのかしら。

あなた、弟・大友なの?昔の話ですよ、と弟は答えた。

コペンハーゲンでクラブミュージックを演奏していらっしゃいましたね、と久美子。

いろいろなところでやりました、と弟。

ニューヨークでも、と久美子。

ええ、ニューヨークでも、と弟。

それにほかのところでも。

本当にいろいろなところで。

そして今晩はここで、と久美子。

いや、もう終わったんですよ、と弟。

今晩はただのご愛嬌で。

今晩ここで演奏したのは、ただちょっと知りたかったんです。

何を?と久美子。

弟は答えた。

あなたと僕と、まだ本当に生きていると言えるのかどうか。

結局のところかなり月並みな文句ではある。

しかし弟がそれを言ったときの口調ときたら。

久美子はすっかり舞い上がってしまった。

もう少しいられるでしょう、と彼女は言った。

伴奏してください。

彼女はもっと歌いたかった、私と一緒に、そしてきっと、私のために。

弟は言った。

ええ、いいですとも、でも。

でも何?と久美子。

弟は言った。

ちょっと電話してこなくちゃ。

弟と久美子、お似合いのカップル。

この私が言うのだからまちがいはない。

なにしろ私も妬ましくなったくらいだ。

二人がテーブルのあいだを通ってバーに向かうあいだ、なおも拍手が鳴り止まなかった。

バーではビルとスコットが二人を迎えた。

久美子は私らに弟を紹介した。

あなただとはわかりませんでしたよ、とビルが言った。

僕もです、とスコットが言った。

とんでもなく才能のあるしろうとなのかと思いました、しかも厚かましい、とビル。

僕もです、とスコット。

ポールは背を向けたまま相変わらず女の子をくどいていた。

大友さんはもう少し一緒にいてくださるそうよ、と久美子が言った。

私たちのデュオ、受けてたみたいじゃない。

ビルとスコットは顔を見合わせた。

久美子は私らとは決して一緒に歌おうとしなかったのだ。

お急ぎじゃないんでしょう、そうじゃないといいけれど、と久美子が言った。

いえ、と弟。

でもちょっと電話してこなければ。

電話ボックスは一階のディスコテークにあった。

クラブとディスコテークを結ぶ階段の両端はそれぞれ、クッション張りの扉で仕切られていた。

両方の音楽がぶつかり合うおそれはなかった。

どちらでも鳴っているのはクラブミュージックだったとはいえ。

下ではピアノトリオ。

上ではさまざまな編成。

ただしいつでもサキソフォン入り。

くたびれた女はフジワークのサキソフォン奏者が大好きだった。

それもとりわけ、テノールが。

弟がディスコテークに出たときにはソニー・ロリンズが演奏中、壁にかけられたレコードのジャケットが示すとおり、ヴィレッジヴァンガードでのトリオ演奏だった。

やっぱりこれがロリンズの最盛期だろうな、と弟は思ったが、とはいえ私が考えていたのはもっぱら、これからシュザンヌにかける電話のことだった。

バーに近づき、くたびれた女に指で電話ボックスを示してもらった。

あの男、だれかに似てるわねと女は考えた。

電話ボックスの扉もまた、クッション張りだった。

弟はその中に入った。

財布からテレフォンカードを取り出した。

小銭でしかかからない電話だった。

しかたがない。

両替してもらうためいったん出なければならなかった。

くたびれた女は私のてのひらにひとつかみの小銭を落とした。

大友に似てるわね、と彼女が言った。

そうですか、と弟は言った。

それ、だれなんです?電話ボックスに戻って中に入る。

投票用紙記入ボックスという感じ。

それとも告白の場。

検疫用の個室か。

はたまた別世界へ移動するための気密室だろうか。

ひょっとしたら枢かもしれない。

それはまあともかく。

扉が閉まると、弟はもはやそれまでの私ではなかった。

十年来そうだった人物に戻っていた。

時刻は11時30分。

乗るはずだった列車はパリに向かって走っている。

私は自宅の番号を回した。

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私とグリーンフィールド

これは友だちのグリーンフィールドの話なんですが、あるとき昼寝から起きたら顔の脇が猛烈にかゆくなっていたそうです。

ちょうど耳の付け根のあたり。

その日は、かゆいところを家具にこすりつけて過ごしたそうです。

居眠りをするたびに、目がさめたらかゆみは消えているだろうと期待してね。

だが、決してそうはならなかった。

そんな状態が何週間もつづいたんです。

いろいろな治療を試したが、どれも効き目がなかった。

かゆみはいつまでも消えなくてグリーンフィールドはかゆみとともに歳を重ねていったんです。

わたしだって、近所の猫に悩まされたり、恋人との間に問題を抱えたり、自分を哀れんでしまうことはありましたよ。

それでもね、グリーンフィールドと話をしながら、彼女が手近なものに頭をこすりつけるのを眺めていると、ああ、自分はなんてちっぽけなことでくよくよしてたんだろうと気づかされるんです。

グリーンフィールドはある晩この世を去りましたが、最後の最後まで、はじめてかゆみに襲われたときと同じように夢中で頭をこすりつけていました。

人生の大半を猛烈なかゆみとともに過ごしたわけです。

だからといって、ふさぎこんだり、やりたいことをがまんするようなことはなかった。

ほかの猫だったらかゆみに屈服したでしょうが、グリーンフィールドはそうじゃなかったんですよ。

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