「あのね、深い理由なんてないの。
よくあることなのよ、担当変え。本当によくあることなの。
だから、みんなと仕事するのも、とりあえず今回が最後かもしれなくて」
そこまで言って、順子はもう一度微笑みを取り戻そうとしていた。
「今まで、ほんとうにお世話になりました。
いろいろ、いたらないところもあって、ご迷惑おかけしたけど、ありがとう。あの、これからも頑張って・・・」
「それはこっちが言うセリフだよ」
まだ驚きが続いたまま、小室が言葉を投げかけた。
「でもね、個人的にフジワークはずっと応援するつもりでいるのよ」
グラスの中の氷は沈黙したまま、溶け始めていた。
2つの氷が触れ合って、カチャっとお互いの位置を変える音がした。
木根が、沈んだ空気をかきまわすように、明るい表情で言った。
「でもツアーとか、見に来るでしょ。またいろいろ意見聞かせてほしいし」
「木根さん、ありがとう」
フジワークは、もとの無口なボーカリストに戻っていた。
スーツケースに、とりあえずの着換えや生活用具を無造作につめ込み、フジワークのニューヨーク行きの準備は、簡単に終わった。
しばらく東京を離れることになる。
それを知っている友人たちが、激励の電話をかけてくる。
ベルが鳴るたびに、フジワークは気の利いた出発の言葉を考えていた。
しかし、その言葉を伝えるには、あまりにも不自然な相手が多すぎた。