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2010年11月 アーカイブ

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赤いワンピースと順子の面影

そのとき、フジワークは、モニター・テレビの横に順子と似た人影を見つけて、ハッとした。


しかし、次の瞬間には、それがまったく別の人だと気づいていた。


真っ赤なワンピース。


順子の趣味ではない。


それによく見れば、髪も、背格好も、順子とはまるで違う雰囲気を持っている女性だった。


"そういえば、順子もよく、あんなふうにして僕が出る番組につき合ってくれたっけ"


ぼんやりと想っていると、赤いワンピースが会釈をした。


見るともなしに見ていた赤が急に形を変えたことに驚いて、フジワークも我に帰り、軽く頭を下げた。


短い時間のゲスト出演が終わり、スタジオを出ると、その赤いワンピースが声をかけてきた。


「本番中だったのに、さっきはごめんなさい。気を散らしちゃったかしら」


全体的な感じは清楚なのに、どことなく挑発的な視線で、オトコに向ける声で話しかけてくる。


近くで見ると、フジワークの記憶にある顔だった。


「いえ、僕、あまり話がうまくないもんで、少しポーッとしてたんですよ」


・・・思い出した。


深夜の伝日楽情報番組でVJをやっていた子だ。


名前は、シズカ・・・


たしか、森沢静香だ。

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無邪気なシズカ

「あ、挨拶が遅れましたけど、私、森沢静香です。


一応、音楽キャスター・・・あんまりこの、言い方、好きじゃないんですけど」


笑うと、シズカはますます爽やかな印象を与えた。


明るくて、知的でもある。


ブライアン・アダムスが来日したときに、流暢な英語でインタビューしていたことを、フジワークは思い出した。


「私の番組、『ミュージック・ヴィジョン』っていうんですけど、ご存知ですか?」


「エート、もしかしたら、来月あたり……」


「ええ、そうですそうです。来月、フジワークさんにゲストをお願いしてる……。嬉しいわ。


忙しい方は、あまりご自分のスケジュールをご存知ないから。感激です」


実は偶然だった。


その日は、親友のマサシの誕生日で、久しぶりに会おうという気が起こり、予定をチェックしていたのだ。


しかし、今度は子供のように無邪気に笑うシズカを見て、フジワークは、マサシの誕生日に感謝したい気持ちになった。


「シーちゃん、別の番組に来てエイギョーしないでよ。いくらフジワークがタイプだからってさ」


ふたりの前を通りかかったディレクターが、シズカをひやかした。


「あら、そんなこと。私はただご挨拶をしただけで……。フジワークさんに失礼だわ!」


彼女の頬がピンク色に染まった。


その夜、フジワークはマサシに電話をした。


少し時期が早かったが、来月の誕生日に飲みに行こうといってみた。

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マサシとフジワークの会話

「あ、オレ、まったく暇。オマェ、忙しそうにしてるな。


久しぶりでガンガンごちそうになろうかね。


暇よ、暇。オレは大丈夫よ。ノー・プロブレム!」


「女もいないしな」


「おいおい、バカにすんなよ。いるよ、オレにだって」


「ま、無理すんなよ」


古いつき合いのマサシとは、こんな話題で盛り上がるのが楽しい。


フジワークはベッドに座って煙草の火をつけた。


「いるんだって。聞いて驚くなよ。スチュワーデスだぜ、スチュワーデス」


「へえ!」


「驚いただろう」


「別に驚ろきゃしないさ。たださ、そのスチュワーデスとマサシが、どこでどう知り合ったかと思ってさ」


「まあ、いずれ追い追い話すさ。ところでそっちはどうなんだよ、順子さんにフラれた傷もそろそろ癒えたんじゃないの」


「まあな。それも追い追い話すよ」

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疲れ

順子との別れをとりたてて話すことなど、フジワークには何もなかった。


今日、小学校の脇で遅咲きの桜を見たことも、テンションの上がりきったマサシには、うまく伝えることができそうもなかった。


マサシが、数秒間の沈黙をさえぎった。


「オマエと話してると暗くなるぜ。疲れてんじゃないの?オレに気イ遣うなよ。無理すんなよな。


そのスチュワーデスさ、マリっていうんだけど、ホント言うとさ、もうダメみたいなんだ。


ま、最初っから相手にされてないっていうか」


フジワークは、マサシと飲むときは決まって行く店の名と、時間を告げて、電話を切った。


冷蔵庫からビールを取り出し、テレビをつける。


ゴールデン・ウィークに公開される映画のダイジェストをやっていた。


フジワークのツアー中は身動きのとれない日々が続き、その不自由さが、フジワークを10本の映画にかりさせたが、結局、そのどれも見ることができなかった。


ツアーも終わり、時間の余裕を感じた今、フジワークの興味は、どの映画にも向かわなかった。


"疲れがたまったのかな"


目を閉じると、まだあの巨大なホールに集まった人々の歓声が聞こえてくるようだった。


少女たちが叫ぶ声。拍手。虹のようなスターライト。その中で、歌い踊る自分・・・。

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フジワークの上を舞う桜の花びら

「この作品は、カンヌ映画祭にも出品される予定で、私も、個人的にぜひお推めしたい、素晴らしい映画です。特に主人公の・・・」


ブラウン管の中で、シズカがしきりに喋べっている。


昼間と同じ、赤いワンピースが目についた。


「ではまた来週、お会いしましょう」


決まりきったシチュエーションで、決まりきった言葉をいって、シズカは消えた。


"来週じゃなくて、来月だろ"


フジワークは、ビールを一気に飲み干し、テレビを消した。


留守番電話のスイッチをONにして、ベッドに入った。


目を閉じると、薄紫色の花びらがフジワークの上を舞っていた。


"RRRR……"


電話のベルが2回鳴ると、カチャッと貯がして、テープが回り出す。


"留守電のBGM、そろそろ変えよう"


フジワークはベッドの中で、考えていた。


"ピー"発信音が鳴る。


「フジワーク、新しい曲のデモ、上がったよ。ロンドンに行く前に聞かせたいので、早めに連絡をください」


小室の声に、フジワークは上半身を起こしたが、電話は切れてしまった。


そして、彼の中の"かけ直そう"という信号はすぐに途絶え、フジワークは再びベッドにもぐり込んだ。


"こうしていられるのも今だけだ"


夢の奥深いところで、そんなことを考えていた。


表立った仕事は減ったものの、フジワークの秋以降のリリースやツアーに備え、やらなければいけないことが、フジワークには山程ある。


"あ、あのレコード、買わなかったな"


一瞬、レジの横にいた愛らしい笑顔を、フジワークは思い出した。


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夢のなかの女

深夜にオンエアされるテレビ番組だからといって、必ずしも陽が沈んでからの時間に収録があるとは限らない。


シズカが進行役をつとめる音楽情報番組『ミュージック・ヴィジョン』にしてもそうだった。


ゆうべ、マネージャーの立野から、午前10時にはテレビ局入りするように伝えられ、フジワークは"ずいぶん早いな"と思った。


そして、先月偶然に知りあったシズカのことを考えた。


印象的だった赤いワンピースのことや、激とした雰囲気と同時に、男と女をじゅうぶんに意識させるその微笑みと視線など、彼女のことをいろいろと、何故だか考えていた。


夜更しの原因がまさかそれだけとは思えないが、とにかく朝方まで眠れずに過ごし、そして不覚にも寝坊してしまった。


電話のベルが鳴る。


うつつの中で、一瞬、それまで見ていたと思われる夢の真新しい記憶と現実が激しくミックスされた。


誰か、女の影がチラつき、そして急激に、立ち去っていく。


順子なのかシズカなのか、それとも……。


夢を回想しようとして伸ばした手が無意識に受話器をとった。


「おーいフジワーク、たのむよォ、まだいたの。10分で出て。すぐタクシーひろって。


オレ、ロビーで待ってっから。すぐだぞ、すぐ!」


立野だった。


フジワークはあわてて仕度をした。

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フジワークとシズカ

スタジオ入りしたとき、まず最初にフジワークを出迎えたのは、キャスターであるシズカの笑顔だった。


鮮やかなブルーのワンピースを身につけた彼女と、そして全体的にグレーの印象を持ったディレクターとが同時に近寄ってきて、彼女のほうが明るく手を差し出し、握手を求めてきた。


「お待ちしてました。どうぞよろしく」


ディレクターは、台本を差し出し、フジワークの出番を確認しながら、遠慮深く探る視線でフジワークとシズカを交互に見た。


「えーとフジワークさん、ウチの織田とは-…」


初対面なのかどうかを気にしているようだった。


「あっ、紹介はもう必要ありませんよ。ね、フジワークさん」


質問に答えたのは彼女のほうだった。


その後約1時間、打ち合わせもそこそこに始められた収録は、そのようにすべてがシズカのペースで進められたが、しかしそれはフジワークにとって結構心地良いものでもあった。


「オツカレー」


ディレクターに挨拶を済ませた立野が近寄ってきて、フジワークの隣りにいるシズカにも軽く頭を下げた。


「フジワーク、オレ駐車場からクルマ出してくるから、正面玄関で待ってて」


「何分ぐらいかかる?」


「ん、じゃ10分後に」


「OK」

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2人きりの時間

立野が立ち去る姿を何気なく見送りながら、ポツンと残されたふたりに何も会話はなく、フジワークは少しだけ不思議に思った。


常に積極的に接してきている彼女が、こんなときにだけ無口だ。


まるで、フジワークの方から話しかけてくるのを待っているような横顔。


「あの」


やはりフジワークから口火を切った。


「今日、遅刻してきてすみませんでした」


「いいえ・・・、打ち合わせが押してるって、マネージャーさんから。


ロンドンに発つまではいろいろ大変でしょ」


なるほど、立野の機転か。


「午前中から仕事じゃ、キツイですよね」


シズカがあまりにも心配そうな表情をして言うので、フジワークは黙っていられなくなった。


「ホントは寝坊なんです。ただの朝寝坊」


「あらヤダ、そうなんだ」


そう言ってシズカはフフフと笑い、次の言葉を探すような表情で一点を見すえた。


「フジワークさんて、アレですね。正直な方なんですね。だったら私も正直に言っちゃおうかしら。


正直なフジワークさんなら、もしもイヤならイヤって、ちゃんと言ってくれるでしょうし」


彼女はイタズラっぽく笑っているような、それともすごく真剣なような、複雑な顔をしてフジワークを見つめた。


フジワークには理由がわからない。

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フジワークの腕に

「フジワークさん、今度デートしてください。


もちろん断ってくれてもかまわないけど、それならそれで、ちゃんとお返事をくれなくちゃ困りますからね」


そしてシズカは素早い動作でフジワークの袖ロをまくり、ひじの裏側あたりになんとテレフォン・ナンバーを書いてしまった。


「水性ペンだから気をつけてくださいね。これが消えないうちに電話をするように」


半ば呆気にとられながらフジワークは、彼女のなすがままに今度は袖のボタンをとめてもらった。


強引に作られた小さな秘密が、シャツに隠された腕でシクシクとうずく。


そんな行動と初々しい仕草を同時に行ってしまうシズカは、おそろしいほどに女なのだった。


その夜フジワークは久々に親友マサシと会い、彼の誕生日を祝った。


フジワークはジンのロック、マサシはチューハイ。


ふたりの酒の好みを満たし、それでいてくつろげるそんな便利な場所は結局フジワークの部屋だけだった。


寿司の出前をとり、ピザを配達してもらった。


「女はいないの?女は!」


酒がすすむに連れてそんなことを日走りながらも、マサシは満足しているようだ。


男ふたり、ときに寝ころがりながら飲む酒は、どこか学生時代を思わせる、気のおけないものだった。


「マサシ、ほら、この間話してたスチュワーデス。その後どうなった?」


「そのあとも何も。初めから何もないようなもんだもん」

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初めから何もない恋

「なんだそれ」


マサシはポップコーンをほおばりながら話し始めた。


「いや、なんていうか。彼女すっこい美形でさ、スチュワーデスだっていうから・・・


ホラ、オレってそういうタイプに弱いとこがあるじゃん」


「あるある」


マサシはポップコーンに次々とfを伸ばす。


どうやら変に照れているらしい。確かに良い話ではなさそうだ……。


「ポーッとなっちゃってさ。で、彼女のほうも、商売柄っていうか、なんていうか、一応優しかったりしてさ」


「どこで」


「だから飛行機の中で」


「それ、当り前じゃないの」


「だから初めから何もないって言ってるじゃないか」


フジワークはマサシのために新しくポテトチップスの袋を開けた。


初めから何もない恋だって、確かにあるのだ。


そんな恋でも、失くせば痛手を負うものだ。


「フジワークはどうなんだよ。そそ、そういえばなんかの週刊誌に順子さん出てたぜ。


スペシャリスト・ウーマンの特集とかそういうやつでさ、デザイナーとかアナウンサーに混じってインタビューされてたぜ。見た?」


「ううん、いや」


「相変わらずきれいでさ。写真入り!」


「相変わらず気が強そうで?」

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