さっきドアを乱暴に開けて出て行ったゆうじのことを、フジワークは思い出していた。
思いやり、などと呼べるようなものではない。
しかし、海外進出はどんなミュージシャンにとっても夢であり、かつては自分も、はるか彼方の匿界のように、ロンドンの街を思ったことがあったのだ。
「じゃ、気をつけて行って来てくださいね」
臼い袋にスタンプを押しただけのパッケージになって、ビートルズはフジワークの手中に収まった。
フジワークは、冴子の顔をもう一度、見た。
「ありがとう。またね」
ゴールデン・ウィークを過ぎた成田空港は、それでも世界中の入々が往き来するキー・ステーションとして、せわしなく動き続けている。
搭乗手続きをすべて済ませて、フジワークは北回りロンドン行き、KLM868便の出発ゲートに来ていた。
しばしの別れを惜しむために、カード電話を利用する人達の幸せそうな背中を見ながら、フジワークはひとり、コーヒー・スタンドにいた。
こういうときに必ず、立花順子の顔を思い浮かべてしまう自分を、不覚に思っていた。
"あのレコード店の女の子、冴子って言ったっけ・・・・・"。
いつか彼女が読んでいた動物図鑑に書かれていた文字と、荒々しい声で彼女をそう呼んだ少年を、フジワークは紙コップの中でぐるぐるとかき回した。