ひとり暮らしのマンションで、シズカは大きな決心をしようとしていた。
バッグからスリムタイプのファイロファックスを取り出して、彼女は7月のスケジュールをチェックした。
テレビ番組『ミユージック・ヴィジョンは、7月第1週に2本分を録りだめすることになっている。
ラジオの方も、なんとかやりくりすれば2週間の時間を作ることが可能だった。
"あとの仕事はキャンセルね"今の彼女は、ある意昧でとても女の心をしていた。
今いちばん大切なのは、恋人を想う心と、その情熱。
それは他の何にも代えることはできないと思えた。
シズカは飲みかけのバドワイザーでノドを冷やし、飲み干した。
薄いアルミ缶は、強く握りしめると、少しへこんだ。
小田冴子は、彼女が勤める小さなレコード・ショップの茶色の壁に、ロンドンの街並みが写し出された何枚かのポストカードを貼っていた。
白いTシャツから伸びた細い腕が、その1枚1枚を画ビョウで止めていく。
その姿を、ゆうじは通りの向こうからそっと見ていた。
彼のやせた胸は、黒い革のベストに激しく刺された数十本の安全ピンを重たそうに支えていた。
ガードレールに片方のラバーソウルを乗せて、ゆうじは自分の膝を叩いた。
そしてそのまま道路を横切り、冴子の店へと入る。
静かに。
いつものことながら、お客はひとりもいない。
中占のレコードの、古いジャケットの匂いがゆうじを包む。
彼はこの匂いが嫌いではなかった。
「冴子・・・」
小さな声で呼んでみたが、ポストカードのレイアウトに夢中の彼女には、どうやらその声は届かないようだ。
ゆうじはレジの横にあったメモ用紙に"今晩来てください"とだけ書いて、店を出た。