「いらっしゃいませ」
こちらを見るともなしに、透きとおった声がフジワークに投げかけられる。
"もしもこれがTVドラマだったら、彼女の顔と、風に舞う桜の花びらが重なったりするんだけどな"。
フジワークはひとり、心の中で笑った。
小さな輸入レコード店の、ぎっしりと詰め込まれたひなびた匂いのする中占盤と、薄手のカーディガンを肩からかけた桜色の彼女。
その空間が、ハードなスケジュールをこなすフジワークにとって、今、何よりも心地良かった。
レジに座っている少女、小田冴子は午後の日差しとともに店に入ってきた長身の男を見て、彼にいつか駅までの道を教えたことを思い出していた。
大きなサングラスを鼻の先までずらして、覗きこむようにこちらを見るクセを、彼女は覚えていた。
「この間は、どうもありがとう。桜、きれいだったよ」
低いトーンで、急に話しかけられて、冴子はあわてた。
「あ、ハイ?」
冴子は、頬が熱くなるのを感じていた。
けれど、彼女の中からとっさに出た言葉は、そんな無愛想なものになってしまった。
「あの、桜・・・。覚えてないかな。ま、いいか。ビートルズの棚はどこ?」
冴子は、彼の黒いシャツの胸ボタンのあたりを見たまま、「右の奥です」
と答えた。